JP Morganの佐々木融氏によるリフレ政策のわかりやすい解説書。
「デフレ脱却をめぐる6つの疑問」という副題がついている。(浜町SCI)
(この書評記事は当初2013年に浜町SCIコラムに掲載されたものです。未掲載の書評のうち現在でも有用と思われるものを厳選し再掲しました。)
タイトルと中身は一致しているとはいいがたい。
むしろ、不一致で正解だ。
この本のよさは、バランス感覚が徹底していることとわかりやすいことだ。
経済や金融を熟知していなくても十分にわかる書き方になっている。
入門書ゆえに読書の順序を後回しにしていたが、読んでみるとやはり勉強になる。
重要な論点がきちんと押さえられている。
著者のバランス感覚がなせる業だろう。
以下、いくつか例を挙げてみる。
何が問題か?
本来の課題は「デフレ」ではなく、その原因たる「(製品やサービスに対する)需要がない」こと
・・・
需要が増えない中でインフレ率だけ上昇したら、経済的弱者の生活は悪化し、貧富の格差は拡大する
だからこそ、
悪いインフレ(輸入・食品価格の上昇、通貨の信認の失墜)は誘引すべきでなく、
良いインフレ(製品やサービスが買われて価格が上昇)をめざすべき
と書いている。
洗練されたリフレ派はこのことを十分に承知しているだろう。
しかし、リフレを後押ししたポピュリズムはこれを十分に認識していない。
(関連記事: 「デフレは貨幣現象」ならば本当に悪いのはデフレなのか)
インフレは制御不能になるか?
日本銀行が国債を引き受けるだけなら・・・ハイパーインフレは起こらない。
政府が・・・野放図に歳出を拡大しようとしたときこそ要注意だ。
この主張は理論的であるばかりでなく、歴史に実証されている。
高橋是清がリフレをした時、財政は全く拡大を許さなかった。
だから、経済は安定していたと著者は紹介している。
高橋が暗殺され、財政規律が緩んだことが戦後日本のハイパーインフレの土壌を生んだのだ。
財政悪化がとまらない日本は、いまだ民間需要が不足する中、財政規律を守れるのだろうか。
皮肉にも、自民党にはアベノミクス第2の矢「財政政策」に群がる輩が多い。
インフレ・ターゲット政策の副作用
インフレ目標はただの目標、インフレ・ターゲットは結果に責任を持つものと定義を明確にした上で
2%のインフレターゲット達成に固執しすぎると、経済が過熱し、資産価格が上昇しているのに、利上げをできずに、結果的にまたバブルの発生を許し、最後はそのバブルが破裂するサイクルを繰り返してしまうリスクもある。
まさに今、日米が直面している岐路ではないか。
FRBは6.5%という失業率、日銀は2.0%というCPI。
いずれも過去の水準から見て実現はかなり難しい水準だ。
この高いハードルをコミットしてしまったゆえに、資産価格は上昇し、貧富の差は拡大する。
国債暴落はいつ起こるか?
調達通貨が円である日本の機関投資家は「よほどのこと」がないかぎり、国債を投げ売ることはしないとする。
その上で、例外である「よほどのこと」として
国債そのものというより、むしろ、国債の価格を表示する「円の価値が無くなりそうになったとき」
を上げる。
円安進行による国債暴落シナリオである。
近日、GPIFなど年金の運用が金利リスクを取りすぎていると政府有識者会議が提言した。
佐々木氏の言を信じるなら、これはまだセーフということだろう。
有識者会議が指摘したのは円の信認ではなく、低金利であるからだ。
しかし、結果は楽観視できない。
円を調達通貨とする年金が
国内リスク資産に投資すれば、資産価格の上昇を通じて格差が拡大
外貨資産に投資すれば、円安となり円の価値に?がつき始める
リスクがあるからだ。
(関連記事: 国債暴落のシナリオ検証(3)国債調整の3つのシナリオ)
では、国債の暴落ではなく、下落はどのような時に起こりうるか。
日本の国債価格は財政赤字が拡大を続けるだけでは下落しないだろう。
しかし、今の債務残高の水準でインフレ率が上昇し始めると、銀行は国債を買わなくなり、国債価格が下落を始めると考えられる。
国債が下落するかどうかはインフレ率しだいということだ。
さらに、金融システムにとってはそのスピードが重要だという。
・緩やかなら、銀行収益のプラスで国債の下落をカバー
・急激なら、国債保有の含み損で銀行経営は圧迫される
ということだ。
将来のドル円相場を占う
出版日からタイムラグがあるので、具体的な数字に意味はないが、考え方が詳説されている。
これには2つの変数がある。
・市場がリスク・オンかリスク・オフか
・米インフレ率>日インフレ率か、逆か
インフレ差が変わらなければ(米インフレ率>日インフレ率)、
・リスク・オン → 緩やかな円安
・リスク・オフ → 均衡レート方向へ円高
日インフレ率>米インフレ率となれば、
・均衡レート自体が円安へ
という見方をすればいいという。
つまり、何か世界で危機が起これば円高、それ以外は円安ということか。
この本には、いくつものヒントが隠れている。
自分はすでに理解していると思っていても、十分読む価値のある本だ。