筆者は商業銀行でキャリアを始めた。
そこでの経験を少し話そう。
銀行の主業は金貸しだ。
そこで、銀行員はリターンとリスクをこう考える。
- リターン: 約定どおり返済された時の利回り。
- リスク: 貸倒等により、約定どおり得られなかった金額。
ところが、銀行語のリターンもリスクも、ファイナンス語の狭義のリスクとはまったく異なる概念だ。
銀行語のリターンとは、リターンでもリスクでもない。
(ただし、リスク調整後リターンはリターンを示す。)
銀行語のリスクとは、どちらかと言えばリターンを示している。
(不正確を承知の上で)単純化した例で説明しよう。
銀行がお客に100を貸す。
1年後に3%の金利とともに返済を受ける約束。
1%の確率(毀損率)で取りっぱぐれると見込まれる。
すると銀行語ではこうなる:
- リターン: 約定通りで3%(リスク調整後で2%)
- リスク: 1%
狭義のファイナンス後ではこうだ:
- リターン: 2%
- リスク: 0.5%
これではまだ何のことかわかりにくい。
そこで、貸出実行後速やかに経済危機が起こり、取りっぱぐれの確率が10%に上昇したとしよう。
すると銀行語ではこうなる:
- リターン: 約定通りで3%(リスク調整後で-7%)
- リスク: 10%
狭義のファイナンス語ではこうだ:
- リターン: -7%
- リスク: 5%
理解すべきは2つ。
- リスク: 銀行語の方が2倍になっている。ファイナンス理論では上下両方に見るが、銀行では下方のみを見るため。
- リターン: 約定の3%の意味はほぼなくなる。銀行語のリスク(下方)10%が、ファイナンス語のリターン-7%を決める主要な要因となっている。
こうして、リスクとリターンという概念は干渉しあい、誤解を招くようになるのだ。
銀行員だった頃、役員会資料の中に「貸出先やセクターを分散すればリスクが低減する」という内容の記述があり、人から意味を聞かれたことがある。
貸出先を分散しても、銀行語における下方リスクが低減することはない。
(銀行語のリスクは主にリターンの一部であって、期待値であるため。)
分散して低減するのは上下に存在するファイナンス語のリスクだ。
だから、この役員会資料の言葉は、正しいがミスリーディングだった。
もっとも、銀行の役員はそれなりに物知りなので、ミスリードされることはなかったが。
ハワード・マークス氏が、リスクを下方リスクと定義するのは当然のことだ。
同氏がディストレストの投資家であり、債務性資産に向き合っているからであり、下方への変動を警戒するのも当然なのだ。
貸金や債券には上方にシーリングがあることが多く、もっぱら考えるべきは下方への変動である。
一方、株式投資では話が違い、株価は上下に変動しうる。
だから、株式投資を論じる場合、リスクは上下に存在すると定義する。
一方、リターンは期待値(ざっくり言って平均)であり、期待値が同じものどうしで分散する場合、期待値は変化しない。
七面倒くさいことを言っていると思われるだろうが、この使い分けは本当に重要だ。
例えばDCFをしている時、上司から《リスクをもっと見込んでほしい》と言われたらどうすべきか。
そのリスクが銀行語ならば、将来の財務計画を下方に下げるべきだ。
狭義ファイナンス語ならば、財務計画はいじらずに、割引率を高めるべきだ。
これらはファイナンスの基礎の基礎。
ビジネススクールの修士課程1年次の終わりぐらいには習うことだ。
ところが、世に溢れるMBAホルダーの中にさえ、こういう基礎を正しく理解できていない人は多いのだ。
2025年1月 アスワス・ダモダラン教授インタビュー
それは、リスクフリー金利、リスクプレミアム、インフレが、国によるか、通貨によるかとの議論だ。
ダモダラン教授によれば
- リスクフリー金利: 通貨による
- リスクプレミアム: 国による
- インフレ: 通貨による
これは、EU内での価値評価や、外貨での国内投資についての価値評価などで重要な観点だろう。
インフレが通貨によるとすれば、ドイツとギリシャのインフレが同じということになり、違和感を覚える人もいるだろう。
ダモダラン教授は、その点も短く解説している。