ビル・グロス氏の心配事はもっと深刻なところにある。
個々の投資家の心理悪化だけでなく、それが市場や経済をシフトダウンさせることを心配している。
かつては金儲けに欠かせなかった手段が、警戒とより保守的な態度をとらせるものとなった。
結果、PER低下、金利上昇、低い1桁リターンをもたらすだろう。
グロス氏は、経済や企業の成長が下押しされ、資本コストが上昇することを心配しているようだ。
「低い1桁リターン」とは、おそらく名目ベースで5%を下回るレンジを想定したものだろう。
金利は上昇すると予想しているのだから、株式リスクプレミアムはほとんどなくなると予想していることになる。
つまり、リスク回避者にとっては魅力のない株式市場に変貌してしまう。
日本でも1990年頃からのバブル崩壊過程で大きな市場心理の悪化があった。
その過程で業界の不正も明らかとなり、破綻も続き、投資家は「羹に懲りてなますを吹く」ようになった。
これが資産デフレを助長し「失われた10年」を悲惨なものにした。
さらに、株式への拒絶反応は日本人の財産形成にとって少なからぬ障害になったはずだ。
日本人がバブル崩壊時の下げにもっと早く乗じていたなら、市場にも経済にも家計にももっとよい展開があったはずだ。
米国でいえば1970年代初めに素晴らしい50銘柄が市場を牽引し、その後長期低迷期が訪れた。
奇しくも1970年代はインフレの10年になり、トンネルを抜けたのは1980年代初めのボルカー・ショックの頃だ。
過去を知る投資家には、現在をこうした時期と重ね合わせる人も多いのだろう。
もしも、こうした老投資家たちの予想が正しいなら、長期投資などしばらく忘れて持株を売却してしまうことが正当な選択肢になってしまう。
各国の政策決定者が当時より学習していることを願おう。
少なくとも今回の下落の《きっかけ》は人為的なものだからだ。
その一方で、悲観がやまないのは、各国の財政状況の悪化だ。
財政政策に限界がある中、苦境を抜けられるのか。
やむなく高インフレが容認されるなら、選択肢は名目債でも株式でもなくなってしまうかもしれない。
ウォーレン・バフェット氏を引くまでもなく、投資家の中には何も生まないコモディティのような資産クラスを嫌う人は少なくない。
投資家の悩みは増すばかりだ。