植田総裁が現職に就かれた時、2000年8月のゼロ金利解除について日銀審議委員として反対票を投じたことが紹介されていた。
デフレ脱却の観点でなく景気の観点からの反対だったと解説が付くことがあった。
別の報道では(単純に言えば)テイラー・ルール等に基づき反対したとの発言も伝えられている。
テイラー・ルールならば、勘案したのは最も単純にはインフレ率とGDPギャップ(≒景気)ということになる。
仮に今後、植田総裁が同様の考えを政策に反映させていくなら、前総裁時代の物価目標至上主義は是正されていくのだろう。
奇妙なタイミングでの正常化
日本はテクニカル・リセッションに陥っている。
1月CPIコアは前年同期比2.0%まで下がっている。
日銀はここで利上げをしようとしている。
というのは意地悪すぎで、CPIコアには電気・ガス価格激変緩和措置の要因による下げが入っている。
実力はまだコアコアの3.5%も勘案した方がよさそうだ。
(とはいえ、コアコアもピークアウトのように見える。)
日銀が温めるテイラー・ルールの式は《インフレだから多少景気は不安だが利上げすべき》と告げているのかもしれない。
マイナス金利はやめた方がいいだろう。
これは資本主義の根幹と相反する。
長期金利ターゲットは縛りを緩めた方がいいだろう。
とは言えそうそう緩められるものではない。
長く金融市場にいた人なら、長期金利が小さなことで跳ね上がるのを知っている。
私たちの記憶の範囲でも、2-3%は簡単に上昇しうる。
《緩めるけれど、何かあったらすぐに指値オペで潰すからね》と脅しをかけながらやることになろう。
いずれにせよ、政府が破綻しないことを前提とすれば、円金利の上昇余地は極めて小さい。
上昇余地が極めて小さい。
だからこそ最初の「資金逃避と通貨防衛」に戻って来る。
金融抑圧が永続しそうな国にお金をおいておきたくはないだろう。
バフェット氏が円債で調達したり、外国人が日本株の買いに円売りのヘッジをかけたりするのと同様、もともと円を持っていた日本人は円を売りたいと考えている。
もしもこれを止めようとするなら、大幅な政策変更、場合によっては一部過去の政策の逆回転が必要になる。
問題は、その意思があるのかだ。
デフレのことは忘れよう
何をいまさらデフレ脱却か、と思う反面、まあ悪いことではないと思う。
今まで、デフレという、人にとっては定義さえあやふやな現象によって政策が決められる面があった。
人によっては、景気が悪いことをデフレと呼ぶ人さえいた。
デフレギャップのような言葉に引きずられたのだろうか。
こんな定義の場合、《デフレ解消で景気をよくしよう》というのは《景気が悪いのを解消して景気をよくしよう》というのと同義となり、全く意味のない議論になる。
また、最近インフレの中身が議論されることが増えたのも一歩前進だ。
かつてリフレの是非が議論された時《理由は何でもインフレになりさえすれば問題は解決する》といった主張をする人さえいた。
望ましいインフレがどのようなもので、そのようなインフレを実現するのに何が必要か考えることが大切だ。
筆者は一概に財政政策や金融緩和に消極的なのではない。
ただ、過去の《デフレだから拡張的政策を》という話には心を打たれなかった。
物価がマイナスだった時期、それぞれに何らかの大きな原因が紐ついていた。
《景気が悪いから拡張的政策を》と言うなら(内容の吟味は要るだろうが)前向きに取り組むべきだ。
ただし、定義の定まらない《デフレ》を理由にするなら、大いに眉に唾して臨むべきだ。