投資

ハワード・マークス リスクは定量可能か:ハワード・マークス
2024年9月17日

オークツリー・キャピタルのハワード・マークス氏が「リスクの考え方」について10回にわたるビデオを公表している。
今回は第2回「リスクは定量できるか」について感慨を述べよう。


私は、リスクがボラティリティのことだとは思わない。

マークス氏が自社YouTubeアカウントで、リスクに対する信念を語っている。

現在正統的なファイナンス理論において、リスクはさまざまな定義によって語られる。
σリスクはボラティリティだし、βリスクは市場ポートフォリオに対する感応度といった具合だ。
これらに共通するのは、リスクによし悪しがないということ。
σもβも上下いずれかの方向性を持った変数ではない。
中心や平均からのブレやすさを示す概念だ。
ファイナンス理論では、
 上下の方向性を持つリターン
 上下へのブレを示すリスク
という2つの概念で投資を考えるのである。

そうした正統的理論を築く上で重要な役割を果たしたのがシカゴ大学であり、シカゴ学派だ。
ところが、シカゴ大学で修士号を取得したマークス氏が、その考えに異を唱えている。

「ボラティリティはリスクの存在の1指標、あるいは兆候ではあるが、リスクそのものではない。」

では、マークス氏にとってリスクとは何なのか。

私の意見では、そして実際の世界では、リスクとは損失の確率だ。
・・・人々がそれを抱える時、報酬を要求するものだ。

自然言語として《リスク》と言えば、マークス氏の言う通りだ。
一方、ファイナンス理論はリスクを上下に無関係の概念として定義したため、両者の間に大きな差が生じた。
自然言語の《リスク》は、ファイナンス理論の文脈では《下方リスク》と言われるようになった。
ただ、これは定義の問題だ。
きちんと定義を使い分ければ、大きな問題にはならない。

ファイナンス理論のリスクにもよい面はある。
マークス氏は、理論がボラティリティを採用した理由を「ボラティリティが容易に計算でき、他にそうしたものがないからだろう」と語っている。
私のように自然科学の実験屋だった者からすれば、それ以外にも重要なポイントがある。
ファイナンス理論において、リターンとリスクとは混ざり合わない概念なのだ。
いわば、直行するXY軸のようなもの。
モノの座標を直行するXY軸で表現するメリットは大きい。
もちろん数学的には直交する座標系でなくても解くことはできるが、そこに使う算数はかなり難しくなるだろう。

ファイナンス理論におけるリターンとリスクとは混ざり合わない要素なのだ。
仮に、リターンと下方リスクでモノを語ると、2つの軸が混ざってしまい、数学的には難しい計算になる。
アカデミズムが直交する軸を選んだのは至極自然なことであった。

少し前に、きちんと定義を使い分ければ大きな問題にはならない、と書いたが、実務の世界では問題が起こることもある。
筆者の振り出しは商業銀行であり、そのプロフィット・センターは貸出だ。
この世界では、リスクとは主に下方リスク(貸倒損失)を表す。
ところが、商業銀行でも市場部門となると、σやβをもってリスクと呼ぶことがある。
そして、市場部門の人がこういう。
《リスクは分散投資によって小さくできる。》
ところが、銀行における主たるリスクである下方リスクは分散によって小さくならない。
ただ、平均化されるだけであり、平均化と分散は別の概念だ。
銀行員は総じてそこそこ知恵があるから、こうした言葉の混乱にすぐ気づくことができるのだが、いちいち《リスク》を《ファイナンス理論上のリスク》と《下方リスク》と読み替えるのは面倒な話だった。

(次ページ: 下方リスクのほとんどはリターンだ)


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