アスワス・ダモダラン ニューヨーク大学教授が定期的にアップデートしている世界の主要市場の上場会社約48,000社についての財務分析から、株主還元についての観察を紹介しよう。
企業が現金を(株主に)還元するか、いくら還元するかは、少なくとも原理的には3つの企業財務上の意思決定の中で最も単純なものだ。
投資判断における不確実性の推計もないし、資金調達判断に内包される税メリット対デフォルト・リスクのトレードオフの苦悩もないためだ。
しかし、実際には、株主還元の判断では他の2つよりより多くの機能不全が起こりうる。
1つには、株主への現金還元が企業にとってどのような影響を及ぼすか、あるいは及ぼさないかという、根強い、そしてしばしば誤った考えによるものだ。
また1つには、株主への現金還元がその企業の成長余地の少なさを認めることになるとの心理によるものだ。
ダモダラン教授が自身のブログで書いている。
教授が「原理的」と言うのは「残余キャッシュフロー」(「すべてのニーズを満たした上で残ったキャッシュフロー」)が株主に還元されるという原理である。
もしもこの原理を忠実に採用するなら、株主還元の有無・金額の決定は単純な算数になるはずだ。
しかし、ダモダラン教授の財務分析は、現実がこの原理から大きく逸脱していると告げている。
適切な理由によって逸脱するなら問題なかろうが、多くが「機能不全」と呼ぶべき不合理に基づくものだという。
ダモダラン教授は世界48,000社のデータから、機能不全を引き起こす不適切な原因を2つ見出している。
- 慣性: 企業はいったん配当政策を打ち出すと、環境が変化しても変えたがらない。
- 横並び: 同業他社と同等の配当・自社株買いを実施したがる。
いずれも「原理」からは逸脱した理由づけであり、要は、経営者が非難を浴びないための行動なのだろう。
ダモダラン教授のブログでは、配当や自社株買いが企業価値に及ぼす影響についての誤解なども紹介されており、興味のある人は読んでみるとよいだろう。
(実際、世の中では恐ろしく誤った、あるいは言い過ぎた解説が流布されている。)
ここでは最後に、ダモダラン教授が集計した12の国・地域ごとの配当・総還元のデータを見てみよう。
各国・地域の黒字企業の平均を見ると
- 配当性向: 日本は31.01%。日本より低いのはインド(28.05%)のみ。米国は31.22%。
- 配当利回り: 日本は2.38%。日本より低いのはインド(1.13%)と米国(1.20%)のみ。
- 総還元性向: 日本は50.65%。日本より低いのはEUと周辺(46.41%)、インド(31.08%)、中南米(47.37%)、他アジア(44.87%)。米国は75.93%。
原則から言えば、日本企業はインドや米国の企業並みの成長を求められて然るべきなのかもしれない。
そう、第一に求められるべきは株主還元ではなく、あくまで業績や将来の成長だ。
それが実現せず、かつ株主還元も低すぎるなら、日本も慣性と横並びを強く疑ってみるべきだろう。
株主還元とは、民間部門が行う量的緩和とも言える。
しかも、この量的緩和には日銀の量的緩和のような副作用はない。
これを促進・活用しない手はないはずだ。