異次元緩和は成功だったのか。
それを今更議論しても建設的ではない。
ただし、ドル円120円前後が望ましい水準なのなら、チャンスは2015年にもあった。
当時125円まで円安が進んだ時、日銀はブレーキを踏むような発信をした。
その後、実際に金融緩和には少々ブレーキが踏まれたが、金融政策正常化をうかがうところまでには至らず、超緩和的政策がさらに8年続いた。
本来、短期決戦が望ましいはずの政策が10年以上続いてしまった原因の1つが2%物価目標だ。
異次元緩和はスタート時に速やかに極端な円安の修正を成し遂げた。
この成功をもって手加減する可能性もあったはずだが、とにかく金融緩和は各所からモテモテだ。
当初から高すぎると言われてきた2%目標を金科玉条とすることで、異次元緩和に大義名分が与えられてきたのだ。
このありようがおかしかったことは、近年のインフレ急騰の過程でほぼコンセンサスになっているのだろう。
インフレが上昇すれば幸福が訪れるはずだったのに、決してそうなっていない。
そこで見直されたのが、実質賃金だ。
リフレ政策の中で賃金がインフレ負けしてきたことが今問題視されている。
皮肉なことに(安倍首相も認めていたが)日本の実質賃金はデフレ化で上昇し、インフレ下で低下する傾向にあったのだ。
(余談になるが、実質賃金にあまりこだわるのもよくない。
平均値は労働者のミックスによっても変わるためだ。
しかし、無視するのもよくない。
ミックスが低賃金側に寄っていけば、言葉は悪いが《奴隷制》のようになってしまう。)
実質賃金が上がらないことは最初からわかっていたという人もとても多いはずだ。
使用者側に有利な制度変更とともにインフレを起こせば、こうなることは目に見えていた。
いまさら実質賃金と言い出すなら、最初から物価目標でなく実質賃金目標で走るべきだったのだ。
財界が実質賃金を改善しようと努力するのはよいことだ。
しかし、それを待てばいいというものでもあるまい。
財界が努力するのは、善意からだけでなく、厳しいルールを回避しようとしているためだ。
前首相が《10年で賃金を倍に》と、実にささやかな努力目標を唱えたことがあった。
ここにやる気のなさが見える。
本当に実質賃金や基調的なインフレの上昇を望むなら、一気に《最低賃金を倍に》とやらなければだめだ。
大企業の正社員などは最低賃金などとは関係のない世界で暮らしており、非正規社員を除けば、直ちには影響を受けない。
非正規社員について底上げになるなら、それこそよい目標となる。
困窮するのは中小企業者だろう。
当然、例えば3年程度の猶予を与える必要があろう。
そこで、日本は割り切らなければならない。
暗に《3年で達成できなければ真剣に廃業を考えなさい》というメッセージを出すことだ。
時給2千円が払えないなら、それは広く先進国で言えばゾンビ企業の類に入る。
日本の賃金を先進国並みにするべきならば、そういう割り切りも必要だ。
もちろん、この産業政策を実行するためには、その外で社会保障がセットになっていないといけない。
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