今月3日から日本取引所グループ(JPX)が「JPXプライム150指数」なる新指数の公表を始めた。
これに関係する筆者の長年の悩みを書いてみる。(浜町SCI)
同指数では、
ROE(株主資本利益率)と株主資本コスト(投資者の期待リターン)の差である「エクイティ・スプレッド」
を1つの重要な指標として用いている。
新指数は近時JPXが上場企業に価値創造を促す流れの中で出てきたものだ。
さて、筆者の悩みに移ろう。
決してJPXに文句をつけるつもりはない。
むしろJPXの姿勢に大いに賛同しているのは以前の記事で述べたとおりだ。
新指標エクイティ・スプレッドを見る意味は?
しばしまやかしの計算にお付き合いいただこう。
定義から:
ROE = 当期利益 ÷ 株主資本
株主資本コスト = 当期利益 ÷ 株式時価総額
ここでPBRを導入すると
株主資本コスト = 当期利益 ÷(株主資本×PBR)
エクイティ・スプレッド = ROE – 株主資本コスト
= 当期利益 ÷ 株主資本 – 当期利益 ÷(株主資本×PBR)
= (当期利益 ÷ 株主資本)× (1 – 1 ÷ PBR)
= ROE × (1 – 1 ÷ PBR)
この式を味わうと
まず、ROEが増えればエクイティ・スプレッドも大きくなる。
これは望ましいことだが、それならROEを見ればよい。
新たな指標を用いる必要はないだろう。
次に、PBRが大きくなるとエクイティ・スプレッドも大きくなる。
これも望ましいことだが、しかし、PBRは手段ではなく目的の性格が近い。
なんで新たな指標を用いたのだろうと疑問が湧く。
こんな疑問を受け入れてしまえば、新指標に対する期待感は薄れてしまうだろう。
どこがまやかしだったのか?
エクイティ・スプレッドには啓蒙の意味もあるのだろう。
資本コストを超える価値創造を求める上で、スプレッド(差)の概念の導入は有効かもしれない。
もう1つ指摘したいのが、上で述べた展開に1つウソがあった点である。
これが筆者の長年の悩みだ。
上記ではシレっと「定義から」とした上で
株主資本コスト = 当期利益 ÷ 株式時価総額
と書いたが、ここにウソがあるかもしれない。
JPXでは株主資本コストを「投資者の期待リターン」と書いている。
しかし、投資者の期待リターンを構成するのは当期利益ではあるまい。
投資者の期待リターンとは、予想されるキャピタルゲイン+インカムゲインだ。
教科書的にはCAPMを使うことになろうが、株主資本コストに唯一絶対の推定法があるわけではない。
何が言いたいかといえば、ここで言われているエクイティ・スプレッドには、簿価ベースの項(ROE)と時価ベースの項(株主資本コスト)が混在しており、引算していいのかとの疑問がある点だ。
実務家の中にはこうした雑な扱いを大した説明もなく許容してしまう風潮がある。
海外のメディアを聞いていても、イールド・スプレッドという話はよく聞くが、この意味でのエクイティ・スプレッドという話を聞いた記憶があまりない。
(イールド・スプレッドはCAPMにおける株式リスクプレミアムの一実測値であり、理論的に確かな概念だ。)
まやかしの定義は正しいのか
もう1つ関連した悩みを明かすと《まやかしの計算》で示した定義
株主資本コスト = 当期利益 ÷ 株式時価総額
とは実は益回りである。
投資家の多くが、この益回りを将来リターンの予想値として使っている。
このブログでもそう紹介することがあるし、なにしろあのジェレミー・シーゲル教授もそうしている。
もしも益回りが投資家が予想する期待リターンだとすれば、企業側からすれば、それこそが株主資本コストである。
投資家の予想どおりのリターンを投資家が与えるのが企業の1つの目標だからだ。
そうだとすると、まやかしの定義は本当にまやかしなのか。
そもそも益回りの定義では、分子が簿価、分母が時価となっている。
理論的にはやや気持ち悪い比率なのだが、有用と考える人も多い。
この比率の気持ち悪さがなくなる時、エクイティ・スプレッドの引算の気持ち悪さもなくなる。
エクイティ・スプレッドの引算が完全に理論的に正しくなるのは、簿価=時価、PBR=1 の時だろう。
例えば、プライマリー市場で株式を取得した人にとっては正しい。
しかし、一歩そこから株価が変動を始めると、理論的整合性が失われていく。
いろいろな勉強をしてきたつもりだが、数十年こうした疑問に明解な答を与えてくれる人はいなかった。
(極端な説例に限定して証明してくれる人は多い。)
結論。
考えても意味がない。
もう1つ結論。
世間に出回るこの手の話にはウソが溢れているので注意した方がいい。