前記事「ウォーレン・バフェット、チャーリー・マンガーの暇のつぶし方」でドットコム・バブルから3年後のバフェット氏の考えを振り返った。
《時系列で見たい》とのアドバイスをいただいたので、前年と翌年のバフェット氏書簡についても見直してみたい。
バブルのピークから2年弱後、2002年2月付けの2001年度の書簡
前回取り上げた2002年度と同様、バフェット氏はバブル崩壊の翌年2001年度もポートフォリオにほとんど手を入れていない。
チャーリーと私はまだ保有するすべての会社の基本的事業を好んでいる。
しかし、バークシャー・ハザウェイの保有株式について全体としては割安だとは考えていない。これら証券への私たちの抑制的な熱意は、今後10年ほどの株式全般に対する見通しについての決定的にぬるい感情と一致している。
翌年のスタンスと同様、株式に対し懐疑的な考えが見て取れる。
結果論でいえば、この後の10年、米国株市場はジェットコースターのような動きを見せた。
また、翌年も記載のあったジャンク債についていくらか積極化したと書いている。
「2001年中、『ジャンク』債について通常よりいくらか積極的だった。
強調すべきことは(ジャンク債は)一般公衆に適した投資ではないことだ。
この証券はあまりにもしばしばその名の通りになるものだからだ。」
この他、多くの紙面をディストレスト分野での活動の描写に割いている。
本来の得意分野である株式市場に強気になれない中、稼げる場を模索したのだろう。
(こうした活動は、リーマン危機後により活発かつ前向きに見受けられた。)
一方で、読者には安易にバークシャーを真似ないよう釘を刺している。
バフェット氏が手掛けたのは、ディストレストでも個別銘柄だ。
文字通りジャンクと化すリスクがあるし、平均より儲かるチャンスもある。
もっとも、ディストレストの個別銘柄にアクセスできる一般投資家は極めて一部にすぎない。
そうだとすれば、バブル後、一般投資家は(底打ちを確信できるまで)いよいよやれることがなくなるのだろう。
バフェット氏は、メディアが連日のように報じる《バフェットが〇〇を買った》といった報道について注意を喚起している。
「こうした記事は正しいこともあるが、そうでない場合でバークシャーが開示した取引は実際にはルー・シンプソンによって行われている。
彼はGEICOの20億ドルのポートフォリオを運用しており、私とは極めて独立している。
通常ルーは彼の売買について私に話すことはなく、月末の数日後受け取るGEICOのポートフォリオ・サマリーでのみ彼の活動を見ている。」
(次ページ: バブルについてのバフェット氏の反省)