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アスワス・ダモダラン 【Wonkish】アスワス・ダモダランが強調する正しく残念な忠告

アスワス・ダモダラン ニューヨーク大学教授が定期的に計算し公表している株式リスクプレミアムなどのデータについて一部アップデートを公表した。
そこに書かれた注意書きを読んで少し複雑な思いがした。(1月16日 浜町SCI)


教授のブログには次のような前置きが書かれている。

過去vs将来:
投資家や企業はしばしば過去に基づいて将来を予想する。
これは全く理解できることだが、すべての投資勧誘に『過去の実績は将来の業績に対する信頼のおける指標ではありません』との免責事項がついているのには理由がある。・・・
過去のS&P 500のインプライド株式リスクプレミアムやPERの長期データを詳細に見ていけば、平均を計算して自身の投資戦略に用いたり、私が計算した債務比率や株価倍率の産業平均を類似銘柄群のすべての銘柄について適用したりしたくなるかもしれない。
でも、それは控えるべきだ。

筆者がダモダラン教授のデータを毎回楽しみにしているのは、それが自分の株価評価における重要な参考資料になるからだ。
株式リスクプレミアムはDCFに必須の入力の1つだし、インプライド株式リスクプレミアムは割高・割安の目安になる。
PERや債務比率もまた然りだ。
しかし、ダモダラン教授の前置きは、それを禁止するようにも読める。
じゃあ、何で教授はこんな大変なデータ収集、計算、そして公表を続けているのだろう。
(なんと教授はこの気の遠くなる作業を自分一人でやっているらしい。)

この点についてダモダラン教授は2016年に「平均回帰:抗すことのできない重力か、危険な幻影か」と題するブログで詳述している。
教授は、過去のデータをもとに中央回帰を予想するやり方について、近年危うさが高まっていると述べ、2つの理由を挙げていた:

  • 入手できるデータが「幅広く深く」なったが、昔のデータの多くはもはや意味がない。
  • 今や統計分析がクリック1つで行えるようになり、そんなことでお金は儲からない。

前者については《過去が繰り返すとは限らない》という指摘だ。
アカデミックなファイナンスの世界では、ある法則を証明したり経験則を提起する時、200年を超えるような長い過去データによる検証が求められることが多い。
また、実務者の世界には《温故知新》や《「今回は違う」は最も危険な言葉》といった教訓が存在する。
ダモダラン教授は、そうしたスタンスを半ば否定している。

後者については、もう少し納得しやすい話であり、これはダモダラン教授の《前世紀のバリュー投資》への批判と共通する。
クリック1つで得られるデータで勝てるなら、みんな億万長者だ。
もしそうなら、効率的市場仮説自体が否定されてしまうが、この仮説はそこそこ機能しているようにも見える。

さて、中央回帰を信じるべきか否か。
実は筆者は過去のデータをもとにした中央回帰を重要な仮説として用いてきた。
筆者の投資ルールのすべてだと言ってよいほど信じている。
そうでなければ、ポートフォリオのバランスを取りつつ逆張り投資をする理由がない。
だから、筆者にとって、ダモダラン教授による中央回帰の否定は大問題なのだ。

もっとも、筆者はダモダラン教授が言いたいことはよく理解している。
教授は《バリュエーション学長》とあだ名されるとおり、とても困難な価値評価にも果敢に取り組む。
グロース株だろうがVB株だろうが決して評価不可能としない。

DCFや類似企業比較の数式自体は少し算数のできる小学生でも理解できるし、使うことができよう。
価値評価のキモは、数式やスプレッドシートではなく、それにどんな定数・変数を代入するかにある。
ダモダラン教授が言いたいのは、その数値について機械的に過去の数値を用いてはいけないということだろう。
対象企業の事業・環境ほかをよく理解し、代入する数値を決めろということだろう。
過去の数値はもちろん重要な参考値だが、そのまま使うことを当たり前としてはいけない。

さて、筆者はというと、かなり過去の数値を重視している。
(もちろん、検証なく過去の数値を使ったりはしない。)
それには理由がある。
筆者の能力は拙く、それをよく自覚している。
代入する数値を正確に推定するには能力不足だと考えている。
だから、評価対象を絞っている。

VBはやらない、グロースもやらない。
過去比較的循環的な推移を見せてきた、退屈な分野に集中している。
もちろんこうしても常にサプライズは起こりうる。
しかし、時代とともに目まぐるしく変化する分野と比べれば、はるかに中央回帰の仮定の安全度は高い。
実際にそこそこうまく行ってきたから、少なくとも自分では満足している。

退屈な分野に集中することには他のメリットもある。
退屈な分野は退屈であるがゆえに忘れられた銘柄も多く、その中に割安株が多く含まれていることがある。
逆に、退屈でない分野で見かけ割安な銘柄には百発百中強力な《安い理由》が存在するものだ。

過去のデータに基づく中央回帰を信じてはいけないというのはそのとおりだ。
でも、凡人にとってはそれも1つのベストプラクティスだと思うのだ。




山田泰史山田 泰史 横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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