アスワス・ダモダラン ニューヨーク大学教授があるインタビューの中で、ファイナンス理論や価値評価におけるリターンやリスクの概念と関係する、役に立つ議論をしていた。
「CNBCが私のことを『バリュエーション学長』とあだ名しているのは知っているし、私もまだそれをやめさせることができないでいる。
私のことは『バリュエーションの知ったかぶり』と思ってほしい。
残りの人生をバリュエーションに捧げたとしても、ほんの表面を知ることができるだけだからだ。」
ダモダラン教授がMOI Globalのインタビューで、自身につけられた通称について謙虚かつ寛容に語った。
ただし、インタビューの中身は寛容ではない。
いつもの教授と同じく、見方によっては辛辣さを極めている。
このビデオで興味深いのは、ある話題についてインタビュワーに誤解があり、それを教授が指摘する場面。
個人の理解度にかかわるくだりなのだが、これに数十分を割いている。
教授は相手が正しく理解できるまで(教育者として当然だが)妥協せずに説明を繰り返すのだ。
筆者はこのビデオを見ていてビジネススクールの修士課程2年次のファイナンスの事業を思い出した。
まだ、ファイナンスの考え方のフレームワークを完全に理解できていない学生が、日常的な捉え方にとらわれ、ファイナンス理論での正統的な考え方についていけない様子だ。
筆者は比較的長く業務経験を積んだ後に留学したので、若い学生より理解が早かったが、金融の経験のない学生や経験の短い学生の中には苦労する人も多かった。
実は、これをインタビュワーのせいにしてはいけない。
筆者自身も、専門家どうしの比較的ハイレベルの話し合いの中で誤った言葉・論理を使ってしまうことがままある。
時には、それまで少なからず同じ間違いを繰り返したことに気づき、赤面することもある。
ダモダラン教授のインタビューでのやり取りの1つを紹介しよう。
インタビュワーは価値評価についてモンテカルロ・シミュレーションを使いたいと考えていて、複数シナリオを設定し、サンプリングしようとしている。
そこで各シナリオにDCFを用いようとしているが、その割引率にリスクプレミアムを織り込むべきかと質問した。
ここから延々と同じ質問と回答が繰り返されることになった。
インタビュワーは、複数シナリオが象徴する不確実性こそリスクだと考え、割引率にリスクプレミアムを織り込むべきでないと考えていた。
もちろんこれは間違いで、ダモダラン教授は何とかそれを理解させようとしている。
こうした間違いは驚くほど世の中に存在する。
ファイナンス理論におけるリターンとリスクの概念への理解不足だ。
- リターン: 最終的には期待値で示されることが多い。間違いを承知で言い換えると、予想されるリターンの平均値だと思えばよい。何らかの分布とは、期待値を取るところですでに勘案されている。
- リスク: 上下に同様に存在する。投資期間・スタイルによるが、通常は分散後のβリスク。分散前ならσリスク。リスク中立者ならリスクは無視できる。
インタビュワーはリスクをσだと捉えており、それを生み出すのがシナリオの分布あるいはそれによる不確実性だと考えている。
だから、分布を考えれば、割引率の方でリスクを考える必要はないと誤解したのだ。
しかし、分布とは期待値を計算するための重みに過ぎない。
シナリオが複数あるからそれでリスクが勘案済みとできるわけではない。
ファイナンス理論におけるリスクとリターンの関係の分離が好まれない例は多い。
かの賢人ハワード・マークス氏でさえ、リスクという言葉についてファイナンス理論とは異なる用い方をしている。
(もちろん、わかった上でそうしている。)
自然人の用いるリスクという言葉と、ファイナンス理論で用いる狭義のリスクという言葉は別物なのだ。
(次ページ: 日常語、銀行語、ファイナンス語が醸す大混乱)