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【短信】戦前の1ドル4円台から戦後の1ドル360円へ:佐々木融氏

ふくおかFGの佐々木融氏が、互いに矛盾する日本の政策課題についてコラムを書いている。
正しい理論と過去の歴史の裏打ちのある議論であり、原典に当たられることをお奨めしたい。
ここでは1か所、言及されている不吉な歴史の韻について紹介したい。


佐々木氏はReutersのコラムで、1930年代の犬養毅内閣下でのいわゆる高橋財政について言及している。
正しく理解するために、その1つ前の内閣からおさらいをしておこう。

1929-31年の濱口雄幸内閣では、蔵相 井上準之助が為替と物価の安定のために財政再建と金解禁を採用したが、これら政策は目的からしてデフレ的政策であった。
さらに、世界恐慌の影響もあって、日本は昭和恐慌に陥り、デフレにあえぐこととなった。
1931年からの犬養内閣で蔵相に就任した高橋是清は直ちに金輸出を再禁止し、積極財政へ転じ、政策のフレームワークをインフレ的な政策へと転換した。
これにより日本はデフレ脱却を果たした。
問題は、その政策の影響がハッピーエンドで終わらなかった点だ。

佐々木氏は淡々とファクトを書いている:

「日本は1930年代に日銀による国債引き受けによる財政支出の増大でデフレを脱却した経験がある。
しかし、デフレは脱却したものの、地政学的リスクが差し迫る中で結局こうした政策を止めることができず、財政ファイナンスを続け、結果的には戦争に突き進み、戦中・戦後の紙幣増発でハイパーインフレとなった。
そうした状況を受けて、戦前には1ドル4円台だったドル/円相場は1ドル360円に設定された。」

ここから読み取れるのは、デフレ的な政策に傾くのも問題だが、インフレ的な政策に傾くのも同様に問題と言うこと。
(レイ・ダリオ氏がしばしば口にする《美しいデレバレッジ》とはまさにこれを指したもの。
債務問題の解決は、デフレ的政策とインフレ的政策をうまくミックスすべきとの提言だ。)
この悲惨な結果は高橋財政だけの問題ではないし、もちろん戦争と敗戦も大きかった。
しかし、対ドルでの為替相場を2桁近く減価させる一因となった政策を是とすべきではあるまい。
実際、高橋が道を開いた積極財政は貨幣増発を招いただけでなく、軍拡に利用され日本を戦争に突き進ませる遠因となったのだから。

佐々木氏は指摘する:

「要するに、日銀が国債を大量に購入することにより、財政支出を拡大する政策は、一度始めたら止められないということを日本は経験している。
それなのに、その教訓は今回も活かされなかった。」

高橋財政に理論的な罪はない。
高橋が構想したのは、国債を日銀が引き受け、その後市中銀行に売却するという、いわば国債発行における引受人の役割だった。
これを徹底するのなら、それは特段財政ファイナンスでもなかったはずだ。
しかし、ひとたびこうした便利なやり方を知ってしまうと、都合のいい部分だけが切り取られ実行され、やめられなくなってしまう。

故安倍晋三首相はアベノミクスを開始して間もない頃、高橋を「私を勇気づけてやまない先人」と持ち上げ、自身の政策を擁護した。
実際、安倍首相は3本の矢といいながらも財政政策についてはかなり抑制的な姿勢だったから、高橋と同様、財政悪化に対して警戒をしていたのだろう。

1930年代から戦争まではとてもいやな時代だったはずだ。
ここで出てきた登場人物を振り返ると

  • 濱口雄幸: 1930年 右翼構成員に銃撃され、翌年死亡。
  • 井上準之助: 1932年 血盟団事件で暗殺。
  • 犬養毅: 1932年 五・一五事件で暗殺。
  • 高橋是清: 1936年 二・二六事件で暗殺。

もはや政策を議論するのではなく、少しでも自身の意見に合わないもの、気に食わないものは抹殺するといった風潮だったことがわかる。
かつて(結果的に)軍拡を可能にしてくれた犬養・高橋まで暗殺されたことは注目に値する。
こうした事件を起こすテロリストたちにそもそもロジックなどないのかもしれないが、かつての味方が味方でなくなると、憎しみもより募るのかもしれない。

佐々木氏は現在の日本の一風景にも触れている:

「米国のトランプ政権による、対外援助事業を担う国際開発局(USAID)の縮小・閉鎖に向けた動きが、なぜか日本では財務省解体を訴えるデモ行動に繋がっていると聞く。
米国の動きは財政支出削減方向の動きなのに、どこでどうロジックが変わっているのか定かではないが、・・・」

米国と同様、日本にも行革が必要なら、むしろ財務省は味方であるはずだ。
もちろん財務省にもコスト削減(とりわけ天下りや関係団体)の余地は大きかろうが、歳出を削減したいなら、むしろ幅広い省庁を相手にすべきだ。
それなのに、財務省を解体せよ、となっている。
結局は、積極財政、つまるところバラマキを求めているのだろう。
しかし、そうした政策こそ今最も国民を苦しめているインフレを引き起こす一因になっている。

少しねじれたように見える、こうした風景に1930年代を重ねるのは心配のし過ぎだろうか。


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