アスワス・ダモダラン ニューヨーク大学教授が、誇大広告されているAIブームについて、過去の歴史から先行きを予想している。
この急激な変化の40年(1980-2022年)、株式の年間リターンは50年前よりわずかに高いだけだった。
ダモダラン教授が最近のAIブームについてProject Syndicateに書いている。
なんとも興味深い観察だ。
ダモダラン教授は「急激な変化の40年」をドライブしたイノベーションを列挙している:
- 1980年代: PC
- 1990年代: ドットコム・ブームとインターネット
- 2000年代: スマートフォン登場
- 2010年代: SNS普及と大手テック・ブーム
そして現在注目されているのがAIだ。
ダモダラン教授は、AIが社会や経済・市場に大きな変化をもたらしうる点を認める一方で、いつものように至極冷静に「投資家の仕事は現実と誇大広告を分けて考えること」と話している。
「急激な変化の40年」のリターンがさほど目覚ましいものでなかったこととも整合性のある主張のように見える。
教授は、こうした分野での投資が高リスクにならざるをえない理由を挙げる:
- (勝者・敗者のばらつきはあれど)市場全体に与えるプラス効果は「驚くほど小さい」。
- 先駆者の多くは後に落伍するため銘柄選別が難しい。
ダモダラン教授は、AI関連株を高く売ろうとする人たちがしばしば不確実性を理由に定量的な見通しを提示しない点を批判する。
《バリュエーション学長》とも呼ばれる教授はこれまで多くのIPO株、グロース株のバリュエーションを実施・公表してきた。
ダモダラン教授からすれば、プレミアムを払う以上は少なくともトライすべきなのだ。
実際、教授はいくつものバリュエーションにおいて、対象の株価にほぼ実現しえない成長予想が織り込まれていることを定量的に明らかにしてきた。
この論文でダモダラン教授は、AI分野のバリュエーションの前提となるような業界分析の一端を披露している。
AIのエコシステムを4つのセグメント(ハードウェア/インフラ、ソフトウェア、データ、応用)に分けて成長性・収益性をコメントしている。
(AI分野への投資に興味がある読者は長い内容ではないので読んでおくとよい。)
興味深いのは、最後の応用(企業等がAIを用いて効率を上げ、収益向上を図る)のセグメントについての考え方だ。
結局は、すべての企業がコスト削減と効率改善のためにAIを使うなら、誰も相対的には儲からない。
一番ありそうな結果は、製品やサービスの価格が低下するが利益は上がらないというものだ。したがって、AIが約束通りの働きをするなら、全体として企業の利益は減ってしまう。
本記事の冒頭近くで「なんとも興味深い観察」と書いたが、それがこの応用の部分にも当てはまる。
「急激な変化の40年」でリターン率がたいして上がらなかったと読んだ時、引っかかるものがあった読者もいたはずだ。
この40年は金利低下の40年でもあった。
リスクフリー金利の趨勢的な低下が市場リターンの下げ要因となったのはCAPMを引くまでもなく想像できる。
その要因を除けば、イノベーションはやはりある程度プラスに働いたのではないか。
問題はそう簡単ではないだろう。
PCからAIに至るまで、各時代の看板とされたアイテムは、それなりに生産性や社会変化にかかわっており、デフレ的あるいは金利低下の要因だったようにも思える。
そうだとすれば、金利低下は独立変数でなく、イノベーションに従属する変数と考えるべきとなり、イノベーションはたいして株式リターンを上昇させないとの主張に妥当性があることになる。
ここでもう1つ考慮に入れたいのが労働分配率だ。
「急激な変化の40年」は労働分配率が低下した40年間でもある。
AIは人間から仕事を奪うかもしれないが、株式リターンはたいして上がらない。
一見、資本家にとってはつまらなそうに聞こえるが、それでも仕事を奪われる労働者よりはましなのだろう。
富の格差は大きくなり、消費性向の小さな層に集中するのは、過去数十年見てきたとおりだ。